1人でも平気になった理由

子どもの頃から友達がいなかったわけではありません。
ただ、みんなとワイワイするタイプでもなくて、小学校の高学年あたりから「自分は多数派には馴染めないんだな」と感じるようになりました。

きっかけはいくつもあります。
休み時間のドッジボールでチーム分けをしていたとき、同じチームになった子に「お前いらない」と言われたこと。
授業で話し合いをすると、自分の意見だけ流されたこと。
卒アルのクラスのランキングにも、自分の名前はひとつも出てこなかったこと。

嫌われていたわけではありません。

でも、そこにいるのに透明な存在のように扱われる感覚がありました。

「馴染めない」というより「影が薄い」「必要とされていない」ように感じていました。

中学に入ってからは、少しずつ「1人でも平気だな」と思うようになりました。
部活帰りはみんな固まって帰りたがりますが、その空気に合わせるのが面倒に感じていたのです。
さらに野球部では、自分だけ意識が高くて真面目だったため、周りとの温度差があり、そこでまた“多数派に合わせなければいけない苦しさ”に気づきました。

「自分は他とは違うんだ」という気持ちもあり、1人でいることが自然になっていきました。

高校でも基本は1人でした。
野球部で学んだのは、集団は良い方向にも悪い方向にも引っ張られやすいということです。
無理にみんなと同じ方向に流されるぐらいなら、1人でいたほうが気が楽でした。

大学では一応グループで動いていましたが、「このあとどうする?」というあの独特の合わせる空気がしんどくなり、結局は自分のペースに落ち着きました。

社会人になっても、1人で平気なのは変わっていません。
研修のとき、周りが一瞬で仲良くなっていくのを見て「合わせたほうがいいのかな」と思ったこともありましたが、1人でご飯を食べている人もいて安心しました。

今の会社は距離感を尊重してくれる人が多く、必要以上に踏み込まないし、それでいて誘ってくれるときは誘ってくれる。そのバランスがとても心地良いです。

いつの時代でも、自分と一緒にいてくれる友達はいました。

でも、全部に合わせる必要はないという考えだけは変わりません。

 合わせるのがしんどい人へ

誰かに合わせすぎて疲れてしまっている人へ。

無理に多数派に馴染まなくても、あなたのペースで生きていいと思います。

もし「1人でいる時間のほうが落ち着く」と感じるなら、それは逃げではなく、自分を守るための自然な選択です。

あなたが心地よくいられる場所が、あなたの居場所です。